湘南ベルマーレにおけるパワハラの報告書にみる生存者バイアスの危険性
ラグビーワールドカップの盛り上がりの中、必ずしも注目をあびなかったように思われますが、日本のスポーツ界の大きな問題が顕在化した、湘南ベルマーレ元監督によるパワハラに関する調査報告書が、2019年10月3日にJリーグから公表されています。
https://www.jleague.jp/release/wp-content/uploads/2019/10/925ec93f2e7757434f6bc923dd9beb70.pdf
1 元監督によるパワハラの認定の方法
本件では、企業不祥事のようにメールや書類で証拠が残っているということがほぼないため(一部、防犯カメラ等の映像はあったようですが)、このような場合、誰がみても事実がわかる客観的な証拠でなく、関係者からの聞き取りをメインに、どのような事実があったかということを認定していかざるを得ないことになります。この報告書の中でも、その点は指摘したうえで、かなり詳細に元監督の行為を認定しています。
これに対し、元監督からは、概要「そのような発言はしていない、同様のシチュエーションはあったが、発言の具体的文言若しくはニュアンスが異なる、又は同様の発言はしたかもしれないがその文脈上の必要性や正当な意図・目的がある」等といった回答がされています。
確かに、被害者等の発言から直ちに事実を認定できるとは限りませんが、元監督の言い分は言い訳という感が強く、印象が悪くなっていることは否めません。
2 元監督への賛否両論
元監督の発言について、報告書で事実と認定されている事実を一部引用します。
スタッフに対して
「お前は無能だ」
「お前はほんとダメだな」
「お前はそういう人間だからできないんだ」
選手に対して
「(期待を)裏切るのか。これからの人生どうするよ。ヤバいよ」
「お前の代わりはいくらでもいる」
「○○(地名)に帰れ」
「○○(他クラブ)に返すぞ」
一方で、一部の選手からは、以下のように、監督を称賛する声もあがっていたとのことです。
「あそこまで選手と向き合ってくれる監督はいない」
「曺さんのおかげで選手として成長できた」
「曺さんには愛情以外感じない」
「(曺氏は)素晴らしい人だと思う。自分が出会った監督の中で間違いなくナンバーワンだと思う」
3 スポーツ界に蔓延する生存者バイアスの危険性
上記のように元監督を肯定する意見や、この件に関する川淵元チェアマンの以下のtwitterのつぶやきからは、そもそもスポーツは、「他の業界とは違って」厳しい指導、多少の体罰やパワハラはあって当然だという考えがあります。
湘南曺監督のパワハラ問題がどう収拾されるのか心配だった。村井チェアマンが譴責処分を科した後で発言されていたように現場指導者の萎縮が懸念されるからだ。十分時間をかけて数多くの関係者から聴取した綿密な調査の結果、5試合出場停止と譴責処分という結論になって正直ホッとした。曺監督頑張れ!
— 川淵三郎(日本トップリーグ連携機構会長) (@jtl_President) October 5, 2019
しかし、それはいわゆる生存者バイアスについて考慮していない考え方です。
つまり、日本のスポーツ界では、特にこれまでは、スポ根マンガという言葉が使われていたことからもわかるように、とにかく厳しく練習をすること、その一環としてパワハラが行われるということが広く行われていました。
そのため、各スポーツで結果を出し、結果として発言に影響力を持つようになったり、各競技団体である程度の地位に立つに至った元選手の多くが、パワハラを受けた経験がある状態となっています。
結果を出した選手からすると、自分が過去に経験してきたことの成果として結果が出たという認識を持つことが多いため、そういった元選手は、パワハラも結果としては成果につながったという認識を持っており、その認識に基づく発言をすることになります。
一方で、今回のように大きく話題となることがなければ、結果が極めて重要視されるスポーツ界では、表舞台から去っていってしまった人に関する、負の側面の話が表に出て来ることは少ないです。
そのため、日本のスポーツ界では、パワハラがあってこそ成果につながったかのような話ばかり目立つこととなり、そのような風潮が蔓延することになるのです。
しかし、そういった成果を出した選手達についても、パワハラがなかった場合には、そのような結果が出なかったはずである、成長しなかったはずである、ということは何ら裏付けられていません。
極端な例でいえば、中田英寿さんが、高校卒業後すぐに入ったのが今回の状態のベルマーレであった場合、世界的な選手になれたでしょうか。当時のベルマーレは比較的自由に振る舞える空気があり、中田英寿さんもそのような環境にいたからこそ、結果が出たという面はあると思われます。
また、生存者バイアスの考え方は、少なくとも、この元監督の言動によってメンタルを病み、選手としての将来を絶たれ、スタッフとしての就労が困難になった人がいるという負の面をあまりに軽視し過ぎた考えです。
4 まとめ
もちろん、スポーツに限らず、どんな世界でも、指導する立場にいる者がある程度厳しく接すべき場面があることを否定するわけではありません。ただし、その方法が被指導者の人格を否定したり、人生を狂わすような方法で行われることが許されていいはずがありません。
最近では、元巨人の桑田選手のように、厳しいパワハラを受けるという経験を経た上で、成功した人であっても、パワハラを明確に否定する意見を表明しているアスリートも増えています。
パワハラを肯定するかのような発言をする方は、少子化が進んでいる日本で、パワハラを容認することが、スポーツ界の発展をどれだけ妨げる可能性があるかよく考えていただきたいと思います。
プロ野球選手、元サッカー日本代表選手等の個人・法人の顧問、トラブル相談等を多数取り扱う
著作:「アスリートを活用したマーケティングの広がりとRule40の緩和」(東京2020オリンピック・パラリンピックを巡る法的課題(日本スポーツ法学会編)
・一般社団法人スポーツキャリアアドバイザーズ 代表理事
・トップランナー法律事務所 代表弁護士(東京弁護士会所属)
・日本サッカー登録仲介人
・日本プロ野球選手会公認選手代理人
・日本スポーツ法学会会員